京都に来ると街路が碁盤の目になっていることが、特に印象深いですよね。
なかなかこういった道を見かけることはないので「京都らしさを感じる」と思う反面、
・どうして碁盤の目の道なの?
・迷いやすくないのだろうか
・京都の人はどうやって覚えているのだろうか
など、様々な疑問を抱くこともあるでしょう。
そこで今回の記事では、京都の街路が碁盤の目になっている理由や、道を覚えることができる歌についてご紹介させて頂きます。
是非詳しく知ってから、実際の町並みを歩いてみてくださいね。
■京都の碁盤の目は迷路のよう!
皆さんは京都の街路を意識して歩いたことがありますか?
実際に観光で歩いたことがある方は、一歩入ると「どこか分からない」という経験をされたこともあるかもしれません。
京都市内の街路はどうして「碁盤の目」と言われるのでしょうか。
その理由は地図を見れば一目瞭然。
京都市内は東西へ真っ直ぐ続く道のりと、南北に真っ直ぐ続く道のりが交差しあってあり、まるで縦横を見ると碁盤の目のようにキレイに並んでいるのです。
東西の通りが横で、南北の通りが縦になっています。
それにより「碁盤の目」「格子状の道」などと言われるんですね。
■京都の街路が碁盤の目になっている理由とは?
普通に出来上がった街路であれば、このように碁盤の目にはなりませんよね。
では、どうして京都の街路は碁盤の目になっているのでしょうか。
気になるその理由は、過去に遡ると理解することができます。
基本的に日本で碁盤の目の道になっているのは京都市や奈良県、札幌。
世界で見ると北京やシカゴ、ニューヨークにも見られます。
これらは、計画手に造営されました。
平安京は、かつての日本の首都とされた都市です。
つまり平安京が造営される西暦794年に条坊制に基づいて、東西と南北通りが垂直に交わるように整備されました。
東西路を北から
・一条大路
・二条大路
・三条大路
︙
・九条大路
まででき、そして各大路の間には小路も作られました。
そして、南北路においては千本通りを中心に西が右京で西京極大路までの4つの大路と、東が左京として東京極大路までの4つの大路と小路が作られました。
このように、条坊制に基づいて南北と東西で大路や小路が作られていたのです。
その後は火災や1467年に勃発した応仁の乱などの戦火によって町の一部が荒廃してしまいます。
その後、豊臣秀吉が京都の街の再建にかかったとき平安京の街路を活かして南北に小路を作っていきます。
その後にも京都市三大事業、都市計画によって姿を変えることはありつつも、現在も碁盤の目の形の街路になっているのです。
■京都の人は碁盤の目に迷わないの?
街路が碁盤の目の京都市。
初めて観光に訪れた人にとっては「迷路のよう」と迷ってしまいますよね。
では、京都の人は碁盤の目に迷わないのでしょうか。
その結論としては、むしろ道に迷うリスクが低いとされています。
京都市の碁盤の目は、東西南北のいずれかに向いていることから「どっちが北なのか」ということさえ分かれば道に迷わないようになっています。
ただ場所の雰囲気はどこも京都らしくそっくりですから、初めて訪れた人にとってはたくさんの似た通りや交差点があって
・分かりにくい
・碁盤の目のどこにいるのか分からなくなってしまった
という経験をすることもあるかもしれません。
■京都の碁盤の目の覚え方は「歌」で!
京都の碁盤の目の道は難しい名前が多いですが、迷わないようにするための歌が古くから伝わります。
ここでは「京都の通りの数え歌」をご紹介します。
○東西の数え歌
・歌詞
まるたけえびすに おしおいけ(丸竹夷二 押御池)
あねさんろっかく たこにしき(姉三六角 蛸錦)
しあやぶったか まつまんごじょう(四綾仏高 松万五条)
せったちゃらちゃら うおのたな(雪駄ちゃらちゃら 魚の棚)
ろくじょうさんてつ とおりすぎ(六条三哲 通りすぎ)
ひっちょうこえれば はっくじょう(七条越えれば 八九条)
じゅうじょうとうじで とどめさす(十条東寺で とどめさす)
・それぞれの意味
まる→丸太町通
たけ→竹屋町通
えびす→夷川通
に→二条通
おし→押小路通
おいけ→御池通
あね→姉小路通
さん→三条通
ろっかく→六角通
たこ→蛸薬師通
にしき→錦小路通
し→四条通
あや→綾小路通
ぶっ→仏光寺通
たか→高辻通
まつ→松原通
まん→万寿寺通
ごじょう→五条通
せった→雪駄屋町通(現在は楊梅通)
ちゃらちゃら→鍵屋町通(現在は的場通)
うおのたな→魚の棚通(現在は六条通)
ろくじょう→六条通
さんてつ(とおりすぎ)→三哲通(現在は塩小路通)
ひっちょう(こえれば)→七条通
はっ→八条通
くじょう→九条通
じゅうじょう→十条通
とうじで(とどめさす)→東寺
○南北の数え歌
・歌詞
てらごこ ふやとみ やなぎさかい(寺御幸 麩屋富 柳堺)
たかあい ひがし くるまやちょう(高間 東 車屋町)
からすりょうがえ むらごろも(烏両替 室衣)
しんまち かまんざ にしおがわ(新町 釜座 西小川)
あぶらさめがいで ほりかわのみず(油醒ヶ井で 堀川のみず)
よしやいのくろ おおみやへ(葭屋猪黒 大宮へ)
まつひぐらしに ちえこういん(松日暮に 智恵光院)
じょうふくせんぼん さてはにしじん(浄福千本 さてはにしじん)
・それぞれの意味
てら→寺町通
ごこ→御幸町通
ふや→麩屋町通
とみ→富小路通
やなぎ→柳馬場通
さかい→堺町通
たか→高倉通
あい→間之町通
ひがし→東洞院通
くるまやちょう→車屋町通
からす→烏丸通
りょうがえ→両替町通
むら→室町通
ごろも→衣棚通
しんまち→新町通
かまんざ→釜座通
にし→西洞院通
おがわ→小川通
あぶら→油小路通
さめがい(で)→醒ヶ井通
ほりかわ(のみず)→堀川通
よしや→葭屋町通
いの→猪熊通
くろ→黒門通
おおみや(へ)→大宮通
まつ→松屋町通
ひぐらし(に)→日暮通
ちえこういん→智恵光院通
じょうふく→浄福寺通
せんぼん(さてはにしじん)→千本通
■住所には「東入ル」などと独特の表記をする
京都に住んでいる人にとっては当たり前の住所にも、独特な文化があります。
それは、
・東入ル
・西入ル
・上ル
・下ル
などといった表記をするということ。
これは平安時代中期より使われるようになりました。
いずれの意味も
・東入ル→通りの交差点で東へ進む
・西入ル→通りの交差点で西へ進む
・上ル→北側へ進む
・下ル→南側へ進む
ということになります。
上ルや下ルは天皇の正面に向かう北側が「上ル」、天皇の正面から南側へ離れるので「下ル」と呼ばれるようになったそうです。
このように住所にも独特の文化がありますので、住所にも注目しながら観光地へ訪れてみてください。
■京都の碁盤の目の歌はあの映画にも登場する!?
京都の碁盤の目の数え歌は、2003年4月に公開した劇場版「名探偵コナン 迷宮の十字路(クロスロード)」で登場します。
この名探偵コナンの物語は京都が舞台になった内容で、とある少女が鞠をつきながら京都の通りの数え歌を歌っています。
他にも清水寺、京都タワーなども登場しますのでアニメ好きの方は一度は見たことがあるかもしれません。
■ Zusammenfassung.
いかがでしたでしょうか。
今回は、京都で迷路のようと言われる「碁盤の目」の道に整備された理由や覚えられる数え歌などについてご紹介させて頂きました。
実際に歌を考えながら、その道を歩いてみると楽しいですよ。
是非、有名な通りを歩きながら観光地へ足を運んでみてくださいね。


