京都市北区等持院北町にある「等持院」。
臨済宗天龍寺派の寺院で1341年に足利尊氏により建てられ、彼の墓所としても有名な場所です。
小さな寺院でひっそりとした雰囲気ではあるものの、達磨大師の大きな達磨図や日本庭園など一度は見たいところがある等持院。
今回は、京都・等持院の歴史や魅力、見どころなどについてご紹介させて頂きます。
■京都・等持院とは?
京都・等持院とはどういった寺院なのでしょうか。
京都・等持院は山号が萬年山で、本尊が釈迦牟尼仏です。
京都市北区等持院北町にあり、1341年に足利尊氏によって建てられました。
足利尊氏は1305年に誕生し、鎌倉時代から南北朝時代に活躍した武将。
京都の室町時代を興し、初代征夷大将軍として名を残しました。
また足利尊氏の先祖代々のお墓である菩提寺があります。
■京都・等持院の名前の由来
足利尊氏が1341年(暦応4年)に天龍寺の夢窓国師を開山として創建。
元々は室町幕府を開いたときに居住跡ひ建てた「等持寺」の別院で、押小路高倉あたりにあった等持寺が「南寺」で等持寺が「北寺」と呼ばれていました。
そして、1358年に足利尊氏の死後に法名に由来して等持院と呼ばれるように。
1467年に発生した応仁の乱によって荒廃し、本寺の等持寺を等持院と合併して復興。
そこからも火災や戦火で被害が大きかったですが、現在も再建され受け継がれています。
■京都・等持院の歴史
暦応4年に室町幕府の初代征夷大将軍である足利尊氏の命令により開山されたことが京都・等持院の始まり。
応仁の乱などによって焼失したお堂もありますが、豊臣秀吉の息子・秀頼に修復させるなどと歴史が続いています。
日本初の映画監督である牧野省三(まきのしょうぞう)により大正時代には多くの作品が撮影され、彼の銅像も建てられました。
現在は足利家の菩提を弔っており、京都でも重要なお寺として親しまれています。
■京都・等持院の見どころ
京都・等持院の見どころは以下のようなところがあります。
是非、足を運んだ際にはご覧ください。
○方丈
1616年(元和2年)に福島正則が妙心寺の海福院に建てたものを移築したもの。
歴史を感じられる建物で、目の前の庭園は緑溢れる景色で四季折々の風情を楽しむことができます。
こちらでは襖絵も見どころで、安土桃山時代に活躍した絵師の狩野興以の作品と言われています。
基本的に撮影禁止ですから、しっかり目でご覧になって思い出に残してきましょう。
○達磨図
京都・等持院に来て、一度は見たいのが「達磨図」。
境内に入ると臨済宗の僧の関牧翁(せきぼくおう)が描いた大きな大きな達磨図があります。
この達磨図は中国禅宗の開祖の達磨大師(だるまたいし)を描いたそうです。
○庭園
夢窓国師が手掛けたと言われる池泉回遊式庭園。
池には鯉が泳ぎ、自然溢れる情景がなんとも上品。
春には桜、夏には新緑、秋には紅葉、冬には雪景色と四季の移り変わりを特に感じられる人気のスポットです。
木々は50本以上植樹されており、様々な景色が池に映し出されるのが大変美しいですよ。
○霊光殿
これまでの足利将軍の木造が並んだ「霊光殿」。
中央には足利尊氏の念持仏だった利運地地蔵尊も祀られており、迫力がありますよ。
■京都・等持院の住所やアクセス方法
最後に京都・等持院の住所やアクセス方法を見てみましょう。
○京都・等持院の住所
京都府京都市北区等持院北町63
○京都・等持院のアクセス方法
京福電鉄北野線「等持院・立命館大学衣笠キャンパス前駅」より徒歩約5分程度
○ホームページ
■ Résumé.
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今回は、京都・等持院の歴史や魅力、見どころなどについてご紹介させて頂きました。
京都・等持院は、足利尊氏と歴史が深い寺院だったのですね。
是非訪れたときには、緑溢れる庭園や達磨図などを見てみてくださいね。



