1853年のペリー来航をきっかけに、日本各地で尊王攘夷運動が激化した幕末。京都はその動乱の中心舞台となり、市内には新選組ゆかりの「八木邸」や、坂本龍馬が定宿にしていた「酢屋」など、幕末志士にまつわるスポットが数多く残っています。
そうした史跡の多くは三条〜四条、鴨川沿いに集中していますが、この記事でご紹介するのは少し趣の異なる場所。清水寺や八坂神社、二年坂・三年坂といった定番観光地からほんの数分、東山の斜面をひっそりと上る参道「維新の道」です。全長300mほどのこの坂道の先には、坂本龍馬・中岡慎太郎をはじめ1,300名を超える幕末志士たちが眠る墓地と、彼らの遺品を数多く収蔵する博物館があります。観光客で賑わう二年坂とはうって変わって、ぴんと張り詰めた静けさが漂うこの一帯を、歴史背景とあわせて詳しくご紹介します。
お断り:拝観料・開館時間は変更される場合があります。訪問前に必ず公式サイトで最新情報をご確認ください。
目次
- 維新の道とは?アクセスと歩き方
- 京都霊山護國神社|坂本龍馬と中岡慎太郎の墓
- 霊山歴史館|幕末維新専門の総合資料博物館
- 龍馬坂|志士たちの葬列が通った道
- 近江屋事件と「維新の道」のつながり
- 訪問のコツ・まとめ
維新の道とは?アクセスと歩き方

「維新の道」は、清水寺のすぐそばにありながら、観光の喧騒から少し外れた東山の斜面に位置する参道です。もとは霊山(りょうぜん)にある志士たちの墓地への参道でしたが、1968年(昭和43年)、明治維新百年・護国神社創建百年を記念して墓域一帯が整備された際、この名がつけられました。
歩き方
最寄りのバス停「東山安井」で下車し、高台寺南門通りを上っていきます。途中、一念坂・二年坂方面へ道が分かれる分岐がありますが、そちらには曲がらず、まっすぐ坂を上り続けましょう。かなりの急坂を上りきったあたりで、「維新の道」と刻まれた石碑が見えてきます。
坂道はそれなりに勾配があるため、歩きやすい靴で訪れることをおすすめします。また、二年坂・産寧坂(三年坂)や清水寺、高台寺、八坂神社などの定番観光地から徒歩圏内にあるため、京都東山エリアの観光ルートに無理なく組み込める立地も魅力です。
京都霊山護國神社|坂本龍馬と中岡慎太郎の墓

坂を上った先、左手に見えてくるのが「京都霊山護國神社」です。
歴史
1868年(明治元年)、明治天皇の勅命により、幕末の動乱で命を落とした志士たちを祀る「霊山官祭招魂社」として、全国で最初の招魂社として創建されました。1939年(昭和14年)に現在の名称に改称されています。境内奥の斜面一帯が墓地となっており、坂本龍馬・中岡慎太郎・木戸孝允(桂小五郎)をはじめ、蛤御門の変で命を落とした志士など、1,300柱を超える幕末維新の志士たちが眠っています。
境内はこぢんまりとしていますが、墓地に一歩足を踏み入れると、空気が変わったように感じられる方も多いようです。坂本龍馬と中岡慎太郎の墓前からは、京都市街を一望できる眺望も魅力のひとつです。
龍馬祭
命日でもある毎年11月15日には「龍馬祭」が行われ、龍馬が最期の夜に食べようとしていたと伝わる軍鶏(しゃも)鍋が、数量限定で参拝者にも振る舞われます。歴史ファンであれば、この時期に合わせて訪れるのもおすすめです。
拝観情報
施設名:京都霊山護國神社
住所:〒605-0861 京都府京都市東山区清閑寺霊山町1
電話番号: (075)561-7124
参拝時間:8:00〜17:00(墓地の入山受付は9:00〜)
拝観料:境内無料/墓地(旧霊山官修墳墓)拝観:大人300円、小中学生200円
アクセス:市バス「東山安井」から徒歩約10分
公式サイト:http://www.gokoku.or.jp/
霊山歴史館|幕末維新専門の総合資料博物館

護國神社の向かいにあるのが「霊山歴史館」。幕末・明治維新に特化した、日本で唯一の専門博物館です。
歴史・見どころ
パナソニック(当時・松下電器産業)の創業者である松下幸之助氏が、「幕末から明治維新にかけて、多くの若者が命を懸けて国や社会を変えようとした。そのことを次世代に伝えたい」という思いから、関西財界の協力を得て1968年に「霊山顕彰会」を設立。1970年に開館しました。
館内には、坂本龍馬・中岡慎太郎・西郷隆盛といった倒幕派の志士だけでなく、近藤勇・土方歳三ら新選組、最後の将軍・徳川慶喜など、佐幕派も含めた双方の視点から幕末史を紹介する5,000点以上の史料を収蔵。坂本龍馬を斬ったと伝わる刀、近藤勇が実際に着用した鎖帷子(くさりかたびら)など、貴重な実物資料を間近で見られます。池田屋事件・近江屋事件を再現したミニチュア模型も展示されており、歴史初心者でもイメージをつかみやすい構成です。
拝観情報
住所:京都府京都市東山区清閑寺霊山町1
電話:075-531-3773
開館時間:10:00〜17:30(最終入館17:00)
休館日:月曜日(祝日の場合は翌日休館)、展示替え期間、年末年始
入館料:900円(団体・障がい者割引あり)
支払い方法:現金のみ(クレジットカード等は不可)
アクセス:市バス「東山安井」から徒歩約10分
公式サイト:https://www.ryozen-museum.or.jp/
企画展は数か月ごとに入れ替わるため、訪問前に公式サイトで開催中のテーマを確認しておくと、より楽しめます。
龍馬坂|志士たちの葬列が通った道

霊山歴史館からさらに坂を上ると、右手に細い階段が現れます。これが「龍馬坂」と呼ばれる小道です。
由来
慶応3年11月15日(1867年12月10日)、京都・河原町の醤油商「近江屋」で坂本龍馬と中岡慎太郎が何者かに襲撃され、龍馬はその場で、中岡は2日後に息を引き取りました(近江屋事件)。護衛役だった元力士・山田藤吉も同時に命を落としています。
2日後(旧暦11月17日)、3人の遺体は、当時この一帯にあった「霊明神社」へ運ばれ埋葬されました。このとき遺体を運んだ道筋が、のちに「龍馬坂」と呼ばれるようになったと伝わっています。現在、龍馬らの墓は霊山護国神社が管理していますが、埋葬の起点となった霊明神社は今も同じ場所に残っており、あわせて訪れる歴史ファンも少なくありません。
坂の下は二年坂、上は正法寺まで東西につながっています。かなり急な勾配なので、無理せず休憩を挟みながら上るのがおすすめです。
近江屋事件と「維新の道」のつながり
坂本龍馬・中岡慎太郎が命を落とした近江屋は、現在の京都市中京区河原町通蛸薬師付近にあったとされ、当時の建物は現存していませんが、跡地には「坂本龍馬・中岡慎太郎遭難之地」の碑が今も立っています。四条河原町からもほど近く、あわせて訪れることでより立体的に幕末の京都を体感できるでしょう。
事件が起きた慶応3年11月15日は、龍馬にとって誕生日でもあったと伝わっており、霊山護國神社の「龍馬祭」がこの日に行われるのはそのためです。
訪問のコツ・まとめ
- 所要時間の目安
維新の道の散策+護國神社の墓参り+霊山歴史館の見学で、1時間半〜2時間程度を見ておくと余裕を持って回れます。 - 服装・持ち物
急な坂道・石段が続くため、歩きやすい靴が必須です。夏場は日陰が少ない区間もあるため、水分補給も忘れずに。 - 組み合わせ観光
清水寺、二年坂・産寧坂、高台寺、八坂神社など東山エリアの定番観光地から徒歩圏内。喧騒を離れて静かな時間を過ごしたい時にもおすすめのルートです。 - マナー
墓地エリアは実際に手を合わせに訪れる方も多い、いわば「祈りの場」です。大きな声で話したり、墓石に触れたりすることは控え、静かに見学しましょう。ゴミやお供え物は持ち帰るのがマナーです。 - 龍馬ファンの方へ
命日にあたる11月15日前後に訪れると、「龍馬祭」に立ち会える可能性があります。
今回ご紹介した「維新の道」周辺は、坂本龍馬・中岡慎太郎をはじめとする幕末志士たちの足跡を、史跡・史料の両面からたどれる貴重なエリアです。すぐそばの二年坂・清水寺の賑わいとは対照的な、静かで凛とした空気の中、幕末の動乱に思いを馳せながら歩いてみてください。
※本記事の拝観料・開館時間・アクセス情報は変更される場合があります。訪問前には必ず各施設の公式サイトにて最新情報をご確認ください。

